web漫画公開している「むら」です

ここネタ帳よ!!!!!!!!!!!

そもそもとして、自著「兄さんと僕」は、読者自体が少ねえんだよッッ

兄さんと僕「抱きつき魔」に於いては、作者はBL好き女性のウケを大いに狙ったつもりです。
あらすじとしては、快人が酔っ払って亜辺留やママに絡む話である。


快人は酔っ払うと、イイお兄さんになる。
この世の因果から解き放たれて、一気に親しみ深くなるのである。これぞ、ギャップ萌えだ。(説明がないから読者に伝わってないかも)
羽交い絞め、なんか耳元で囁くやつ、(名前あったよね?)、顎クイ、口移し、ママに抱きつくシーンなんか、本当は壁ドンにする予定だった。(しかしマンマの背後に壁はなかった)


これだけテンコモリにしたのに、こみことかで反応が芳しくなかった。
不発・・・
いっそ殺してください。

 

マンガボックスはコメント一件だけ反応があった。
死ぬほど嬉しい。
むらは、キャラが愛でられることを至上の歓びとしている。

 

このブログを見ている者がおったら、ぜひともむらにキャラに萌えた報告を積極的にしてくれたまへ。
死ぬほど喜んであげるよ。
(それが乞うる態度かね・・・?)

 

「兄さん」「僕」のキャラデザなんか、めちゃくちゃお耽美にしたつもりだ。
兄さんは性格は別として、見た目はむらの考えた史上最強のイケメンのつもりだし、弟も、かよわくてそれはそれは美しいつもりで描いてる。
このキャラデザで、BLとして話を展開させても十分通用するつもりだ。

 

しかし、まったく狙っていないところで萌えられることもある。
弟を叩き潰す的なことを思っていながら、弟がいいカオすればカオを真っ赤にして抱きついてくる兄さんなんか、禍々しさが大爆発なのだが、これはこみこで大いに受けた。

 

なかには、最後の兄弟のいちゃいちゃシーンだけ見た!報告もあった。

むらの剣道の在り方についてのジコマンご高説タレナガシなぞお呼びでないというわけだ。

 

やはり、漫画とはゴラクである。趣味でやっているとはいえ、ホントウに人に受けたいとおもったら、ヒトの心を安楽にさせるマッサージに徹しないといけない。

ソコで作者の自我なんぞ露呈しようものなら、無視か袋叩きなのである。

 


むらは信念がすぐブレるし、というか人から受けることが信念そのものだから、心がゆらぐじゃん?
もういっそのこと、兄さんと僕のBLに転向してしまおうかと思ったよ。

 

反骨のカタマリだから、本当はこれから弟と兄の壮絶な殺し合いを描こうとおもったんだけどね。

 

「兄さんと僕」には一見意味不明であってもちゃんとした骨子がある。

ずばり、「精神的自立」である。

弟は、「弟」で有り続けてはならず、それゆえ兄とはいずれ相反する運命にある。

また、兄弟関係だけじゃない、マンマも人として大いに問題があるし、もっと世界を広げていきたいのである。

 


まあ、とりあえずソッチの方向なのだが、まだイマイチ、萌えというものを理解していない。

 

 

 

ただ、思ったのが、「支配」「被支配」という関係を好む人間の多いことよ。
(またむらのご高説垂れ流しが始まるわ・・・)

 

例えば、「壁ドン」ひとつとってみても、その構造は「支配するもの」対「支配されるもの」ということができる。

 


こんな言葉が流行る昨今、女性の多くが「支配されること」を望んでいるのでは・・・と勘ぐってしまう。

 

あんま描かなかったけど、むらの理想の女性像というのは、「おばさん」なんですよ・・・急に語るけどさ。

彼女は、自立した女性なんですよ。そういうイメージでかいた。

なんか、あんまり周りの目とか気にしていなさそうじゃないですか。

父さんにも快人にも臆せずずばり意見できるし、ぜんぜん物怖じしなさそう。

そんな彼女は快人が強がっているのを簡単に見越すのである。

 

だからこそ、依存的なママと快人の反感を買ったんだよ。

 

 

(そのうえおばさんにもやっちくり~的な逆セクハラ発言である

サイコーだね!)

 

でも大して存在意義を感じられないように描いてしまったから、今後も登場させますからね。オタノシミニ!

 

 

 

しかし、兄さんが、対等に弟とじゃれあうより、支配的になったほうがみんな喜ぶのかしら???

気になるところではあるわね!

 

 

と、いうか最新話の時点で、だれかしらこいつら兄弟の関係性について、疑問を投げかけてほしかった。
現行のBLの限界・・・というものをひしひしと感じましたね。(偉そうに)

 

ここはいっちょ、むらが先頭に立って、BLをリードしていかなきゃなりませんね!
(そもそもとして、相手にされていないんだよ)