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ここネタ帳よ!!!!!!!!!!!

鏡をブチ破れ

人の考えていることなんて、わからない。
発言ひとつとってみても如何様にも解釈できる。

 

もし人の考えていることが完全にわかってしまう方法なぞがあったら、人狼ゲームはこの世から消滅します。

 

 

ただ、人と通じてみてわかることがある。
人には「自我」がある。(当ブログ頻出ワード)
皆、己が可愛いし、誰よりも自分の幸せが一番だ。

 


心をとろけさせる甘い言葉は気をつけたほうがいい。
その深奥には他人の血肉を貪る餓鬼がいる。

 

 

鏡を見つめ続けるもの。

 

ナルキッソスは水面に映る自分のみ愛するという呪いをかけられた。
やがて水に沈んで水仙になった。(衰弱死との説もある)


自分を愛するということは大切なこと、いや人として必然だ。

はじめ、生まれたての人というのは周りから愛され、自分自身を愛する必要性なぞない。
しかし、誤ち・・・傍若無人に振舞うことによってやがて、そういうワケにもいかなくなってくるのである。
そのときになって初めて、自分で自分を見つめるという段階に入るのであろう・・・。

ナルキッソスの神話はそうしたことを寓して言っているようにも聞こえる。

 

人を批判するとき、その人はもしかしたら「鏡」を見ながら言っているかもしれない。
それは投影であって、決して他人を見つめたことにはならない。


「xxxに関して、私はこのような意見を持ったのである。なぜなら私は、このような人間であるからだ。」
なにかについて意見をするときには、相手だけではなく、自分自身どういった人間であるかということも問われなければならない。

 

漫画の読者の99%は漫画という名の鏡を見つめているのではないか・・・というのは我が推論だ。
時にはスルドイ読者もいる。
なんかしら批判されたとき、「相手が見ているのは鏡かな・・・?」とひとまず考えてみると心は楽にナリマスヨ。

 


しかし、自分に溺れ続けるというワケにもいかない。
やがて、美しい水仙として開花しなければならないのだよ?

それは即ち、自他共栄だ。
柔道の精神である。

 


しかし、考えたんだが、自他共栄っていうのは自分を敬うことができて初めて成しうることではないかね?
ただ表面上のみ人を信頼するだとか敬うだとか助け合うだとかいうことが続くのだろうか。

 


人って嘘とか妬みとか怨霊とか呪怨とか心の闇を抱えているものではないか。
そういったことに目を背け、「信頼」するとかはないね。
善意のオシツケは負担になってしまうんだ。

 

相手を敬う・・・それは、即ち
相手の欺瞞をも見越してないと本当にはできないよ(。・ ω<)ゞてへぺろ