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抽象性の重要性~作者の人生観~

作者は、漫画のテーマをなんかしら決めて書くとき、具体的なことよりも抽象的なことが大いに関心がある。
たとえば、

 

「人を尊びなさい」
みたいなテーマ自体を決めたとして、それはまだまだ抽象的といえる。

 


これが、


「いつ、どこで、だれが、どういった人を尊ぶという話になるのか」

 

ということを決めることによって、具体的なものとして浮かび上がってくる。

 


この両者は、漫画を作る際、外せないもので、そのどちらかが欠けてもハッキリとしたものが書けないんだ。

 

抽象的に、ただ「人を尊べ」などと言っていても、
「具体的にどういうこと?」ということにもなるし、説得力がない。

 

ただただ具体的に、ある事象を羅列していくだけでは、
「では、この話は結局なにが言いたかったのか」ということになってしまう。

 


そして、面白いと感じることがあるのだが、
「人を尊べ」っつっても、

それが、「警察」を尊ぶはなしなのか「政治家」を尊ぶ話なのか「ホームレス」を尊ぶ話なのか「キャバ嬢」を尊ぶ話なのかで
読んでくれる層も、意見も違ってくるし、


それが、どういった状況で「尊べ」といっているかによっても、
人の意見が食い違ってくることだ。

 

 


同じことをいっているつもりなのに・・・。
具体性とは、テーマに彩を与える。

 

それは、事物には「社会的役割」というものが付与されているから、根本は同じことをいっていても、違うことのように感じてしまうのだ。

 

その上、社会といっても、時代によって変遷していくものだから、そのときそのときによって価値観というのは違ってくる。

面白い。

 

 

自分は、夢に苦しむ人の話を描いたし、ネット通話で誤解する人の話を描いたし、兄弟の確執を描いたし、剣道の理法について説くし、女装少年の心理について書くし、もう結構彩のある主題を取り扱ってきた。

 

しかしその根底にながれる抽象的「思想」というのは共通しているものがあり、自分が一番言いたいのは、ソコなのである。
そして、こういったものは経験によってしか会得できないから、ある程度作者の人生観が反映されてしまうものだ。

 

 


とはいえ、具体的テーマは、選ぶことができる。さまざまなテーマを取り扱うことによって、さまざまな人が漫画を読んでくれる可能性が広がるのだ。

 

 

 

 

 

作者はね・・・そうだな

世の中では、これが正しいとか間違っているとか、色々なことがいわれているだろう?

 

でも、それに黙って付き従うということが、ちょっとよくわからないんだ。

 

そのうち嫌でも社会と自分自身の考えというものの間に、軋轢を感じはじめるだろう。

 

そんなとき、初めて世の常識に対して「疑問」を持ち得る・・・

 

その瞬間が描きたい。社会の束縛から逃れるという、甘美な一瞬だ。

 

 

しかしだが、人間は社会を形成していくもんだから、衝突ばかりしてもいられない。

 

そして、ぶつかっていくことによって、はじめて「自分を見つけ」「そしてうまく適応していくのか」ということがわかってくるんだ。

 

また、適応というより社会に拮抗していく・・・

そんなスタンスもあろう。

 

 

一見似ているようだが、「社会に、目上におとなしく付き従う」のと

「うまく順応」するのとではワケが違う。

 

作者は、いずれ前者みたいな生き方は破綻してしまうのではという人生観の持ち主なんだ。

 

というか、そのような経験をした。

ドロップアウト人間なんだ。